授業中に突然怒り出す子。
友達に手が出てしまう子。
些細なことでパニックになる子。
ぼんやりして話を聞いていない子。
学校には、対応に悩む子どもがいます。
私たちは、その行動だけを見て「問題行動」と捉えがちです。しかし近年の教育心理学や脳科学の研究では、子どもの行動の背景にトラウマ(心の傷)が影響している場合があることが分かってきました。
トラウマインフォームドケア(Trauma-Informed Care:TIC)は、「何が悪いの?」ではなく**「その子に何が起こったのだろう?」**という視点で子どもを理解する考え方です。教育現場でも世界的に注目されており、学校全体で取り組む実践として広がっています。
本記事では、教職員が知っておきたいトラウマインフォームドケアについて、以下の文献を参考に学校現場での実践を交えながら解説します。
【参考文献】
- SAMHSA(Substance Abuse and Mental Health Services Administration)
- アメリカ国立子どもトラウマティックストレス・ネットワーク(NCTSN)
- 大阪教育大学 学校安全推進センター
- トラウマ・インフォームド・ケア学校プロジェクト
トラウマとは?
トラウマとは、本人の対処能力を超えるような圧倒的な出来事によって生じる心の傷です。自然災害、虐待、ネグレクト、いじめ、DVの目撃、大切な人との死別など、さまざまな出来事がトラウマの原因になります。
トラウマを抱えた子どもは、次のような反応を示すことがあります。
- 急に怒り出す
- 落ち着きがない
- 注意・集中が続かない
- 人を信用できない
- 小さな物音にも敏感になる
- 固まって動けなくなる
- パニックを起こす
- 友達との関係がうまく築けない
これらは「わざと困らせている」のではありません。
トラウマを経験した子どもの脳は、危険を察知する働きが過敏になり、**常に「サバイバルモード(生き残るための状態)」**になりやすいことが報告されています。そのため、安全な教室であっても危険を感じ、怒りや逃避、無反応といった反応が起こることがあります。
つまり、私たちが「問題行動」と呼んでいるものは、その子にとっては自分を守るための適応行動なのかもしれません。
逆境的小児体験(ACE)とは?
ACE(Adverse Childhood Experiences:逆境的小児体験)とは、子ども時代に経験する逆境的な出来事を指します。
代表的なACEには次のようなものがあります。
- 心理的虐待
- 身体的虐待
- 性的虐待
- 情緒的ネグレクト
- 身体的ネグレクト
- 家庭内暴力(DV)の目撃
- 家族の精神疾患
- 家族の薬物・アルコール依存
- 家族の収監
- 両親の離婚や不在 など
ACE研究では、子どもの頃の逆境体験が多いほど、成人後に次のようなリスクが高まることが明らかになっています。
- 心疾患
- 糖尿病
- がん
- うつ病
- 自殺企図
- アルコール依存
- 薬物依存
- 喫煙
- 学業不振
- 欠席や中退 など
学校との関係も深く、ACE得点が高い地域では、停学や無断欠席が増え、高校卒業率や進学率が低くなることも報告されています。
だからこそ学校は、「学習」だけでなく、「安心して過ごせる環境」をつくることが重要になります。
トラウマインフォームドケアとは?
トラウマインフォームドケア(TIC)とは、
「トラウマの影響を理解した上で、人や組織が支援を行う考え方」
です。
大切なのは、トラウマを治療することではありません。
学校では診断や治療を行う場ではなく、トラウマを理解した対応を行うことが求められます。
例えば、
❌「どうしてそんなことをしたの?」
ではなく、
✅「何があったのかな?」
という視点に変えることです。
これは「What’s wrong with you?(あなたの何が悪いの?)」から、「What happened to you?(あなたに何が起こったの?)」への発想の転換とも言われています。
トラウマインフォームドな学校では、
- 安心できる環境づくり
- 予測可能な学校生活
- 良好な人間関係
- 家庭・地域との連携
- 教職員への研修
- 学校全体での共通理解
を重視します。
4つのRとは?
SAMHSAでは、トラウマインフォームドアプローチの基本として「4つのR」を示しています。
① Realize(理解する)
トラウマが子どもの発達や学習、行動、人間関係に広く影響することを理解します。
② Recognize(気づく)
怒りや無気力、集中困難、不登校などを「困った子」と見るのではなく、トラウマのサインかもしれないと気づきます。
③ Respond(対応する)
学校の文化や学級経営、指導方法、支援体制にトラウマの理解を取り入れます。
例えば、
- 落ち着いて話しかける
- 見通しを伝える
- 安心できる居場所を作る
といった対応です。
④ Resist Re-traumatization(再トラウマ化を防ぐ)
叱責や威圧的な指導、予告のない大きな変化などは、過去のトラウマを思い起こさせる可能性があります。
子どもが安心できる環境を整えることが、再受傷を防ぐことにつながります。
教員ができることとは?
トラウマインフォームドケアは、特別な支援技術ではありません。
日々の関わり方を少し変えることから始められます。
① 行動ではなく背景を見る
「困った子」ではなく、
「困っている子」
という視点を持つことが第一歩です。
② 安心・安全を保障する
子どもは安心できる環境の中でこそ学ぶことができます。
- 穏やかな声かけ
- 一貫したルール
- 見通しを伝える
- 信頼関係を築く
こうした積み重ねが、子どもの安心感につながります。
③ 子どもの強みに目を向ける
失敗ばかりを指摘するのではなく、
- 「最後まで座れたね」
- 「今日は挨拶できたね」
と、小さな成功体験を積み重ねることが自己肯定感を育みます。
④ 学校全体で支える
担任一人で抱え込まないことも重要です。
管理職、養護教諭、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーなどと連携し、学校全体で支援する体制づくりが求められます。
⑤ 教員自身のセルフケア
トラウマを抱える子どもへの支援は、教職員にも大きな心理的負担を与えます。
資料では、支援者が無力感や消耗感、PTSD症状などを経験する**「代理受傷」**への注意が示されています。そのため、十分な休息や同僚との相談、支え合える職場づくりが重要です。
まとめ
トラウマインフォームドケアは、「問題行動をなくす方法」ではありません。
子どもの行動の背景を理解し、安心・安全な学校をつくるための考え方です。
教職員ができることは決して特別ではありません。
- 「この子に何があったのだろう」と考えること。
- 安心できる関係を築くこと。
- 学校全体で支え合うこと。
- 教員自身の心も大切にすること。
子どもは、安心できる人との出会いによって回復する力を持っています。だからこそ学校は、学びの場であると同時に、**「安心できる居場所」**であることが求められます。
「困った子」は、もしかすると**「困っている子」**なのかもしれません。
その視点の転換が、子どもの未来を大きく変える第一歩になるでしょう。
【参考文献】
- SAMHSA(Substance Abuse and Mental Health Services Administration)
- アメリカ国立子どもトラウマティックストレス・ネットワーク(NCTSN)
- 大阪教育大学 学校安全推進センター
- トラウマ・インフォームド・ケア学校プロジェクト


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